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2017年8月18日金曜日

止まらないー!

皆さま、わんばんこです。
さて、早速ですが、今回の表題は…そう、先日NHKで放送しました、オリンピックコンサート2017でゲストの中川晃教さんが歌われた止まらない1秒をもじってみました。

僕の場合、汗が止まらないー💦的な話です。

さて、先日は以前番組にご出演頂きました、歌手の真田ナオキさんとの食事会でした。
なぜ、そんな状況になったのか?
おそらく僕が地元の先輩だからですかね?ですよね?

現場ではバタバタしてまして改めて地元話を先日しましたが、まぁ繋がりが深いっす。
半端ないですよー!
もしかして、地元でも出会ってる可能性あったかも?!

あたしの同級生を知っていたり、あんなことや、こんなこと…
ちなみにまじで笑えないあんなことまで😢

そう、たくさん話しました。
おまけにあれやこれも教えてもらい…うふふふ。

ファンにはたまらんぜ( ◠‿◠ )

ということて、今後も真田ナオキ氏の活躍を楽しみたいですな♫



2017年6月14日水曜日

そういうとこあるよね。

みなさま、おはようございます。
アズ クリエーション内田でございます。

今回の表題の件ですが、少し説明を・・・。
僕は高校を卒業したあとにすぐ建設会社に入社しまして、皆さんのイメージからわかんないのですが、ドカタ?のイメージかもしれないのですが、結構、品のある、建設会社に入社しまして、毎朝6時に会社に出社し、夕方5時に帰るという生活をしておりました。仕事内容としては地盤調査。更地や建物が建っている場所に改めて増設や建設をする際に、その地盤にはどれほどの重さに耐えられるのか?耐えられないなら、いくつの杭を打てば良いのか?そんな調査をする部署でした。
ただそんな毎日の繰り返しに嫌気がさし、また周囲の環境をいいわけにし、その会社を三ヶ月で退社するということがありました。

その後、いまの会社に入る前のおよそ3年間は高校時代にアルバイトをしていた飲食店、長崎ちゃんぽん・リンガーハットという店舗で、まぁいわゆる時間を持て余していたので、アルバイト(契約社員として1店舗任されてました・・・そのおかげで今では見る影もないほど心を病みましたけど・・・なんつて)で食いつないでた時期がありました。その時に一緒に働いてた地元の先輩の口癖です。どんなことにも「そういうとこあるよね・・・」と「今日、お昼何食べる?ラーメン?」と聞いても「うん、そういうとこあるよね」・・・「どういうとこ?」と感じていた私でした。

話は変わりまして、先日、広島県廿日市市に番組収録のため、行って参りました。
個人的には広島は多分、中学の修学旅行以来かと思うのですが・・・。

あっ、ちなみに僕の地元は今で言うと埼玉県さいたま市なのですが、旧与野市という場所でして、地図で言いますと浦和・大宮という埼玉県内でも有名都市の丁度隙間に挟まれた市なんです。合併するときにはまぁ、よかったですよね。。。
しかも合併後の住所表示が、地図上でもそうなんですが、さいたま市中央区・・・って。
大きい市に挟まれてるからかな?
的な?!今日のブログは説明が多くね?と思われた方は間違っていないです。

で・・・話を戻しますと、関東の中学校の修学旅行の定番はやはり、京都・奈良のイメージじゃありませんか?
なんですけど、ぼくらの市は広島・京都だったんです。
ここからが都市伝説なのですが、じゃあなぜ、奈良ではなく、広島だったのか?
<本当かどうかは我々も分かりませんが、当時の先生方から聞いた話、しかも学年集会で・・・>
簡単に言うと、、、もう数十年も昔の話・・・この埼玉県のとある小さな市のいくつかの中学校がすべて荒れ果てていた時代、様々なトラブルを起こし、奈良観光から市自体がNGをくらい、以後、僕の知っているかぎり、30年間ほどはいけてないかと・・・。
いまはどうか?わかりません。そんな感じです。
その時代の有名な地元の先輩の名前を途中まで書いたのですが、なぜか怖くなりましたので、それは伏せますが、その人が原因だったようです。
ちなみに、先輩といってもかなり年上でもちろん面識などございません。
芸能界でチョー有名な方です。気になる方は私のケータイ(000-0000-0000)まで。

初めて写真を載せます!
世界遺産を前に感慨深い表情の後輩、八木岡さんです。

では、そんな後輩の写真で閉めたいと思います。では…。






2017年5月30日火曜日

気がついてました。

皆さん、わんばんこ!
ということで、表題ですが、暖かくなってきました。
5月になり、弊社には新人君も入り、社内も暖かくなってきたんでないかい?
とかいって💦
いやいや、もう6月だしと思ったあなた、マチガイナイ!(古)

先日、日本のうた松山市の回、参上致しました。
四国ということもあり、以前、急遽、舞台監督としてデビューをした鳴門市の回でお世話になった技術、美術の皆さんと再会できました。
あれー?とか、何やってんの?とか言われながら、挨拶をして回りました。
なんだか、とても動きやすい環境で嬉しい気分でした。
元々、四国が故郷でなければ、あまり行ったことのなかった場所でしたが、今後もこの仕事を続ける中で大事な、そして思い入れのある場所になってる気がします!

さてさて、20日には三越劇場で行われたスーパー銭湯アイドル、純烈のコンサートにスタッフとして参加しました。
あまり時間の無い中、足を引っ張らないように気を張ってみました。
とか言って…

いざ純烈の皆さんが入り早速、リハ、淡々と進み、気が付けば本番1時間前〜。
純烈さんたちはマスコミ取材の対応~衣装に着替え、準備〜。

とここで。

純烈とは…元こどもたちのアイドルとして活躍していた4人と東京理科大という理数系の名門大学を中退されたイケメンの5人で活動しているグループです。
わたしの目で見た純烈の皆さんは…
あっ、ちなみに特撮好きの内田公明は純烈になる前からのメンバー皆さんを知ってました。
えっへん(^_^)


白川裕二郎さん→忍風戦隊ハリケンジャーで最初は主人公たちと敵対するゴウライジャーのカブトライジャー、変身の仕方もクールでチョーかっこいい、霞一甲。弟の霞一鍬を演じた姜暢雄さんとの兄弟愛も半端ないっす。

酒井一圭さん→ガオレンジャーでガオブラックを演じてらっしゃいました。
この作品には狼鬼という最強の敵がいたのですが、その正体は平安時代に世界を守っていたガオレンジャー、のちにガオシルバーとして仲間になったんですが、その役を演じていたのが、玉山鉄二さん。ちなみに酒井さんのことをガオレンジャー時代はずっといっけいさんかと思っていました。ごめんなさい。ガオアクセス!ハァ!

友井雄亮さん→仮面ライダーアギトで賀集利樹さん、要潤さんとともに主役を演じた人です。
仮面ライダーギルス、当時から見ていてルックスがやばくかっこよかったです。
野生的な仮面ライダーで、狂ったようにアンノウンを倒していくのですが、その力はかなり彼を苦しめていた様子です。実は本当にその後も気になっていたのですが2時間ドラマで少し見て、明るい役をやられていて少しホッとしたのを覚えています。
またNHKの朝ドラ、ちりとてちんでもご出演されてました。

小田井涼平さん→仮面ライダー龍騎で悪徳弁護士、北岡秀一、そして主人公たちとともに生死をかけて争うことになる、仮面ライダーゾルダを演じていました。
軽い感じなんですけど、ときには冷徹だったり、共闘したりと大きな存在感がありました。ちなみに変身ポーズは1番好きでした。
実は今でも涼平さんの変身ポーズを本当に純烈とは関係なくたまに1人でやったり、やらなかったりとか?ちなみに当時は涼平という芸名でしたね。
美味しんぼにも出られてました。

後上翔太さん→唯一、ヒーロー出身ではないのですが、1番若く爽やか。
われわれスタッフにも爽やかに対応してくれるんです。東京理科大中退という学歴はやはりすごいなぁ、と思うほど、インテリ感を感じます!

ちなみに上記の情報は、本当に当時僕が見ていた感想や記憶です。
間違ってたらタラリラ~です。

で、数年前に民放の番組で初めてご一緒した際に皆さんには僕の思いを勢いあまって伝えました、そしたら白川さんが変身ポーズやってくれまして、その日の夜は本当に興奮してヤバかったことを覚えてます。

コンサートでは僕は下手で押出しをしていました。
実は日本のうたでも、何度かご一緒しているので、押し出しはお手の物(え?)
なんつって・・・
本番前の緞帳裏でリーダー酒井さんと話しまして・・・
内)純烈さんってやっぱみんなかっこいいっすよね。
酒)またまた~
内)いやまじですよ、衣装着て、髪型もバッチリでかなりかっこいいっすよ。
酒)また~よく言うよね~(的な感じ)
内)※いい加減・・・いやまじで!

やはりコンサートともなると純烈好きのお客さんで溢れており、公演修了後の握手会、写真撮影には長蛇の(純)列!
おそらく、2時間ほど掛かっていたかと思います。
握手会が終り戻ってきた皆さんとちゃんとご挨拶できてよかったです。

また機会がありましたら、ご一緒したいですね~。

よろしくお願いします。

ひとまず、退散致します!


2017年4月7日金曜日

4月は桜の季節!

みなさん、わんばんこ。
今年2回目のわんばんこです。

先日、新・BS日本のうた鹿児島市での収録でした。
舞台監督をやりはじめ、3回目の現場でしたが、自分のやり方を見直す機会になりました。
反省の多い現場・・・今後同じ失敗を繰り返さないようにやるだけです。

新年度になり、機会を頂き今週から始まりました「4時も!シブ5時」のFDを不定期ですが担当することになりました。
はっきり言って初めての世界で、ドキドキ、ドキドキ、ドキ・・・しか、してない(汗)
1日は見学、3日間メインFDをさせて頂きました。

始まったばかりで色々と手探りな部分もありますが、出演者・スタッフがとてもアットホームな現場でした。
自分の力になるように続けていきたいと思います。

取り急ぎです!


2017年2月12日日曜日

2017年も明けて既に…

皆様わんばんこ。
こんな時間になぜ?と自分で思ってます。
さっきまで1時間ほど眠り、先ほど起きたところ少し目が冴えてしまい筆をとりました。
昨年のことから書きますと、日本の芸能という番組のコーナー私と和でディレクターを担当しました。
お相手はというと日本を代表する名脇役の大御所俳優の方です、実はその方の息子さんと10年以上前から親しくしている関係で今回、お話をさせて頂いたところ、快く番組出演を承諾して頂きました。

ただ何かと段取りの悪い僕ですので、何度も電話やメールで取材を繰り返し、ようやくテーマを決めることになったのですが、ここからがまたありまして、和太鼓をテーマにしたのですがただ先生と一対一でやるよりは…というアイデアを頂き、じゃあ子供たちが活発に尚且つ、地域で活躍しているという団体を探しましたところ、埼玉県…あたくしの第二の故郷ですけど。

和光市というところで活動している方達と巡り合うことができ、ご協力頂くことが出来ました。
やはりここでも、段取りの悪さからでしょうか?人恋しい性格からか?
やたらと連絡を取り、こんなことやあんなことが出来ないか?と無理難題をふっかけましたがそこはやはり、人生の大先輩である和太鼓団体の会長、二つ返事で、やれます。やりましょう。と行って下さいました。
俳優の方には和太鼓入門からみんなで演奏というのを1時間ほどでやって頂きました。
俳優としてデビュー50年、さすがに普通の方とは違うと、会長もおっしゃっておりました。
本当に初めて?と私も思いました。
また和太鼓団体の会長から偶然、お知り合いの方をご紹介頂きまして、その方もまた凄い方でしてアメリカからたまたま日本に来られていた方なのですが、インターネットで調べたところ、北欧の和太鼓の父とも言われている方でした。
とにかく、和太鼓の素晴らしさを伝えたいと単身、アメリカに渡り50年ほど活動を続けており、現在のアメリカやヨーロッパでの和太鼓普及の立役者の方でした。
物腰の柔らかい、優しさの溢れた容姿とときたま見せる太鼓に対する厳しい眼差し。
この番組の少しのコーナーでしたが、大きく言いますとかっこいい大人の男3人に出逢えました。
そして、元気に挨拶をしてくれる子供達、やさしく見守る親御さんたち、このコンプライアンスなどの厳しい現代で、人との関係だけでオールOK!みたいな対応を頂いた全ての皆様に感謝です。

そういう人との出会いが、自分を構築してくれる。
そう感じています。

話は変わりまして…
現在、毎週金曜日に放送してます、歌のあとさき岩崎宏美。
収録の際に私はフロアディレクターとして現場を仕切りました。
しきれてたか?はスルーします。

実はうちの家族の間で昔から家伝説化している話がありました。
それはうちの叔父が昔、岩崎宏美さんのバックバンドのメンバーだった?
という、伝説です。
実際のところ、噂でしか?来ていなかったのですが、収録前日にわたしの父に再度確認を取り「そうだよ、40年前に後ろでトロンボーン吹いてた内田って聞いてみたら?」
と言われ、ドキドキしながらついに裏どりに成功しました。
ご本人に直接、お伺いをしたところ…

「え?内田くん?うん、知ってるよ」
「マジですか?」的な返し…そんな風には言わなかったと思いますが汗

その話をしたとき、シンデレラハネムーンという曲のカメラリハーサルを終えた直後だったのですが、岩崎さんからこう言われました。
「えーとっね、確かいまカメリしたシンデレラハネムーン当時の収録にもいたよー」
あら、凄い。

容姿なども当時の記憶を思い出しくださり、お話をして下さいました。
「そっかぁ、知らないんだね。」
当時の思い出話も頂き、ただただ感動してました。

相変わらず取り留めもない文書で恐縮です。
まだ書きたいこともあるのですが、それはまだ先の話。
という、昨年の放送していた真田丸風のナレーションで締めたいと思います。

では。